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2009年05月23日

5/23up:【見解と提言】新型インフルエンザに対する私たちの見解と提言

みどりの未来・論説チーム

■恐怖心を煽る「安全・安心」対策ではなく、「信頼」にもとづく柔軟な社会対応を

 4月末から世界に急速に拡大した新型インフルエンザは、国内でも三桁に上る発症例が確認されるに至りました。しかしこのウイルスは弱毒性であることがほぼ確認され、通常の季節性インフルエンザと同様の対策と、慢性疾患を持った人々への対処や症状の軽減・回復にポイントを置くべき局面になっています。また、国立感染情報センターなども、高病原性のウイルスを念頭に作成された対策を見直すべきであるとの見解を示しています[1]。

 しかし、防護服をつけて連日行なわれたものものしい検疫の光景は、国民の中に恐怖心を煽り、植えつけました。発熱外来や相談コールセンターなどの二重三重の施策が今も継続され、住民がこれらの施策の間を右往左往し、それによってさらに混乱が大きくなるような事態も生じています。「水際対策」や「封じ込め」策の効果は薄いとされているにもかかわらず[2][3]、こうした過大な施策のために人員を含む多くの医療資源が投入され、医療や地域保健の現場では通常業務に支障を来たす事態となっています。

 政府も、自治体も、教育機関も、対応漏れや不備を指摘されて責任を追及されることを恐れ[前掲3]、対応策を強化し、それを見て住民はさらに不安感情を強くし、行政に完全な「安全・安心」の履行を追い求める、という構造の悪循環も強まっています。
 国や自治体が打ち出しているタミフルの備蓄策についても、すでに世界でその使用量の75%を日本が占めているという事実を踏まえれば、この日本社会の「安全」への要求には果てがないばかりか、それが世界の人々との歪んだ関係の中で成り立っているのだということを認識しなければなりません。そしてこれらを安易に多用すれば、逆に耐性ウイルスの出現の危険性を高めることにもつながることにも留意すべきです。
 発症例が出る度に、致死的な感染症が出現したかのような行政や報道機関の過熱した対応は、この間の「安心・安全」を建前にした過剰な「社会防衛」的な論理の強化と一体化したものであると言えます。また、こうした対応は、感染者たちを「感染源」として扱い、職場や学校、地域社会から孤立させ、必要な医療からさえ遠ざけたハンセン病やHIV 問題の反省を何ら活かしてないものであると言わなければなりません[4]。

 また、過度な隔離策、学校や企業活動の必要以上の自粛、そしてこれらの相互的な影響によって、経済や雇用、福祉、子育ての現場は混乱し、地域の機能や活力も低下して人々の暮らしを直撃しています。特に、このような事態が起こる前から不安定な状況に置かれている非正規の働く人々や、子どもを抱えて働くひとり親世帯などでは一層深刻さが増しています。
 国には、このような事態に対する対策や補償を講じる責任があります。また、自治体はそのような措置を国に求めるとともに、自らの判断でこの問題に柔軟に対処する必要があります。発熱外来だけに委ねるのではなく、市内の一般診療所での受け入れや自宅療養での対応などの体勢をあらかじめ準備して来た仙台市と同市医師会の協力体制は、国や他の自治体にとっても参考とすべきものがあるでしょう[5]。

 さらに、少し離れた観点から客観的に見れば、日本で発症が確認される度にパニックのような事態が起きている一方で、この地球では、富の再配分の不公正による貧困が原因で一日2 万5 千人もの人々が命を失い、AIDS でも毎年200 万人以上が死亡しています。人間の活動が大きな原因とされる地球温暖化は、貧困や飢餓の問題を一層悪化させる要因にもなっています。人間自身が創り出してしまった、解決しなければならない課題が私たちの目の前に山積している中で、「安全・安心」の完全遂行を掲げて、私たちは何から何を守ろうとしているのでしょうか。

 もちろん、インフルエンザウイルスは容易に遺伝子の交換や変異を起こし、強毒性に変化する可能性は充分にあります。二巡目の感染拡大で強毒化し、少なくとも2000万人の死者を出した1918 年のスペイン風邪のような経験からすれば、当時と社会状況も衛生環境も異なるとはいえ、警戒は必要です。季節性のインフルエンザとは異なった被害が出るという専門家の指摘もあります[6]。また、医療資源の整った国々と、医療体制がままならぬ途上国での対応策は区別して考える必要があることも言うまでもありません。
 しかし私たちは、感染症ウイルスを前にして、発生を100%完全に押さえ込むことも、どんなに強い毒性でも一人の死者も出さないような「完璧な安全・安心」を実現することも、そもそも不可能なのだということを認識しなければなりません。そしてそれと同時に、適度で基本的な衛生意識や習慣、人間の体が本来持っている免疫力、発症しても休息と充分な栄養を取ること、そしてそのような休息や栄養を保障できるような働き方や経済や社会のあり方を再構築することで、このような感染症を(撲滅ではなく)コントロールすることも基本的に可能なのだという原則に立ち帰るべきです。「安全安心」への扇動された脅迫感の増幅ではなく、人々や地域の信頼に基づく柔軟な社会が私たちには必要です。

(なお、5 月22 日現在、政府の方針は柔軟化の方向へ変化していますが、この見解で示した問題は、なお多くが本質的に残されたままであると考えています。)


■新型インフルエンザのもうひとつの側面
      −食糧産業の巨大化と工場化が背景に


 一方、BSE、鳥インフルエンザ、豚インフルエンザなど、近年次々と起こる新興の人獣共通感染症の背景に、食糧産業における巨大化や「工場化」があることが指摘されています[7]。利益の拡大とコスト削減のため、大量の抗生剤やホルモン剤を投与されながら、何万頭もの家畜が密集して飼育される「工場的畜産」の現場は、ウイルスの発生や変異とその「生産工場」になりうることが、すでに数年前から医学界でも指摘されていました[8]。今回、こうした警告が現実のものとなったという側面も忘れてはなりません。
 今回の感染拡大の発生源として疑われているメキシコにあるアメリカの食糧産業「スミスフィールド社」の畜産工場では、大量の排泄物が垂れ流され、豚の死骸も放置され、今年2 月頃から住民の3分の1が呼吸器症状や発熱などの症状を訴えていたと報道されています[9]。この企業は、文字通り「自由な」企業活動を保障するNAFTA(北米自由貿易協定)発効時からメキシコに進出して操業を開始し、当時から住民は工場による汚染と隣り合わせの生活を余儀なくされていました[10]。指摘されている問題の因果関係が正しいとすれば、多国籍企業の利益のための「自由化」や「規制緩和」の結果、各地で広がっている地域経済の破壊、ワーキングプアやリストラといった問題と、新型インフルエンザの発生・拡大とには、共通の病根があることになります。
 人々を守るべき政治が、そして人々の暮らしを豊かにするべき経済が、人々の命や健康を奪い、暮らしや雇用を脅かし、動植物や地球環境をも脅威に晒しています。この新型インフルエンザ問題を通して、私たちはあらためて、政治や経済や社会の歪んだ構造が引き起こす問題の深刻さを認識するとともに、巨大食糧産業の支配から自由な食文化や農業、そして公正な資源の分配という理念や枠組みも強化していかなければならないと考えます。

※「みどりの未来・論説チーム」は、「みどりの未来」の運動方針と運営委員会の委任の下、政治的・政策的・社会的課題や問題についての提言や見解をとりまとめ、内外に表明するための作業チームです。


[1]国立感染症研究所感染情報センター 2009 年5 月20 日付見解:
http://idsc.nih.go.jp/disease/swine_influenza/2009idsc/infection_control_2.html
[2] Yahoo ニュース(英語版:AFP 配信) 2009 年4 月28 日付:
http://news.yahoo.com/s/afp/20090428/ts_afp/healthfluworld
[3]JMM ニュース2009 年5 月6 日 上昌弘・東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム部門客員准教授によるレポート:http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report22_1617.html
[4] 九州薬害HIV訴訟原告団等による「新型インフルエンザ報道・対策に関する緊急アピール」 古賀克重弁護士のHP に掲載:
http://lawyer-koga.cocolog-nifty.com/fukuoka/2009/05/post-fd69.html
[5]毎日新聞2009 年5 月21 日付地方版:
http://mainichi.jp/area/miyagi/news/20090521ddlk04040159000c.html
「仙台市の新型インフルエンザ対策 医療編」2009 年5 月11 日付:
http://www.city.sendai.jp/soumu/kouhou/houdou/09/0218newflu.pdf
[6]時事通信2009 年5 月20 日 WHOの新型インフルエンザ対策に携わる押谷仁・東北大教授のコメント記事:
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009052000981
[7]フランス農民連盟・ATTAC の共同声明(英文原文;原註で根拠資料のURL も明示されている):
http://www.france.attac.org/spip.php?article9914
同声明の和訳(ATTAC ジャパンによる)については、さらに註等を修正・追加したものが下記に掲載(和文):
http://green.ap.teacup.com/nakayama/358.html
[8]「Science」誌2003 年3 月7 日号:
http://birdflubook.com/resources/WUETHRICH1502.pdf
で間接的に閲覧可能。
[9]日刊ベリタ 2009 年5 月10 日付記事:
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200905101047080
[10]太田昌国氏の「現代企画室」2009 年5 月15 日掲載記事:
http://www.jca.apc.org/gendai/20-21/index.html
でメキシコ現地の新聞報道などを紹介。

posted by 事務局 at 22:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 政策・論評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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