2008年11月22日

1-7 みどりの未来発足まで

「みどりの未来」は、「みどりのテーブル」と「虹と緑」が発展的に合流した「みどりの新団体」として2008年11月22日に発足しました。

■両団体からのメッセージ


「虹と緑の10年」    
虹と緑の500人リスト運動事務局長 横田えつこ

「みどり」国政への軌跡
   みどりのテーブル運営委員 八木 聡


「虹と緑の10年」    
虹と緑の500人リスト運動事務局長 横田えつこ

 1980年代から大きな組織や政党、地域に依拠しない登場の仕方をした、地方議員は総じて「市民派」議員と呼ばれました。それまで集団主義、家族主義、地域主義の枠組の中で息苦しい思いをしていた「個人」が個人として認識され、「市民」という名で社会に登場しはじめたのです。「市民」という言葉がまだ多くの輝きを持っていた頃、「市民派」とは政治的な新鮮さと革新性を包含するものでした。
 しかし、やがて「市民」という言葉が新鮮味を失い、その曖昧さが問題とされるようになりました。
 92年から「ローパス」(ローカル・パーティ・スタディ)として情報交換と勉強会を重ねていた「市民派」を自認する地方議員が、お互いの情報共有化で地方からの政治的発信力を強め、社会に自らを「可視化」すること、さらに政治的意思を共有する仲間を増やしていくことなどを目的として、98年『虹と緑の500人リスト運動』を設立しました。団体の名称には私たちの熱い思いが結実していて、
「虹=個人の多様性を尊重」、「緑=平和と環境の重視」、「議員500人を目標にする」政治運動でもあり、何よりも社会運動でありました。同時に地域から政策提言をしていこうとの思いもありました。今から考えても、なかなか時機に合った良い名称だったなぁと自画自賛です。
 そして10年。グローバル化の中で、地方政治は国政のみならず世界の動きに緊密に連動せざるをえないことが痛切に意識されるようになりました。世界の緑の党ネットワークに参加し、2004年の参議院選挙では「みどりの会議」中村敦夫さんとの選挙協力、昨年の川田龍平選挙協力など、“地方から政治を変える”を堅持しつつも、国政にも積極的に関与する方向を確認してきました。
 日本のみならず世界的な市場優先主義による貧困化や格差の拡大、さまざまな暴力的行為を根絶するために、私たちはその意思をさらに強めて、新たな「可視化」を目指していきます。


「みどり」国政への軌跡
   みどりのテーブル運営委員 八木 聡

「みどりのテーブル(以下、テーブル)」は、二〇〇四年の参議院選挙に挑戦した「みどりの会議」の意思とネットワークを引き継ぎ、再び国政選挙を通じ緑の党の結成をめざす人々によって、二〇〇五年二月に発足した。しかし、「みどりの会議」が解散に至った説明不足や総括がなかったこと、また「テーブル」が十分な議論
を経て設立されなかったことが、組織の基本戦略不足、政治的発信能力・政策立案能力不足、組織の脆弱性を招いた。この課題はついに解散まで解消されることはなかった。
 一方で、一定の成果を収めることもできた。二〇〇七年の統一地方選挙に合わせて、議員特権反対キャンペーンを他団体との協力を得ながら行った。時流に乗ったキャンペーンはマスコミに多数取り上げられ、議員特権廃止に向け、一定の役割を果たした。二〇〇七年七月参議院選挙東京選挙区では、川田議員を当選させる力を示した。候補者の知名度の高さも勝利の主要因の一つであるが、「テーブル」の全国的ネットワークによる選挙資金、スタッフ・ボランテ
ィア、的確な選挙ノウハウなどが当選に必要な力量を発揮したことも確かで、最も大きな役割を果たした。
 結成から4年弱。二〇〇八年一一月二二日をもって、「虹と緑の500人リスト運動」との合流を基盤とする新団体を結成するために発展的解散をすることになった。みどりの社会の実現を願い、緑の党結成をめざす人々の希望を途絶えさせることなく、次の時代につなぐことができた。
 新団体を発足させるにあたって、「テーブル」の成果を引き継ぎ、課題を教訓化し、草の根民主主義の発展、平和で持続可能な「みどりの社会」実現のために、日本に緑の党を形成する新しい一歩を踏み出すことを改めて決意する。



posted by GREENs at 12:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 「みどりの未来」について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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